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お知らせに加え教育論

第1回ぶろがーすT祭【2期予約受付開始しました!!】



とうとうTシャツ祭りも二期目突入。
わたくすは一期目を無事終了することができましたが、参加ブロガーの皆さんは二期、三期とこのあと4/14までイベントが続きますので頑張っていただきましょう。
ここをご覧の皆様方も刮目してください。
ここからはお待たせ、全然別の話です。
お仕事で学生さんの推薦図書のリストなんぞ作っておったのですけれどね。
なんだか嫌なメモリーが沸々と蘇ってきましたよ。

小生、幼少の頃は本が大好きな少年でした。(インドア派)
ところがこれがいつからか読まなくなったのですね。
ぱたりと。
そう、それは進学塾に通った頃なのかもしれません。
進学塾の刊行物巻末に「推薦図書」のリストが載っていました。

このリストに対する子供の反応って言うのは大きく二つに別れるんだと思います。

ひとつはずらりと並んだリストに対して「よし、これを全部制覇してやる」と躍起になるタイプ。(全部じゃなくとも推薦されたのだから、と着実に読んでいくタイプもここに分類します)

もうひとつは、リストアップされたその書籍の一覧に「押し着せられてる」という印象を受けてしまうタイプ。
これだ。僕は。

世の中には数えきれない書籍が溢れているのだけれど、その中から「これだけに絞って読め」って言われてるような気がするじゃないですか。
餓鬼は純真なのでそう受け止めるんだと思うよ。

ついで言うと「学年別」推薦図書とかってさらに分化されてるやつもどうかと思うね。
この前読んだ本が自分より低学年の推薦図書にされてた、って知ったらものすごく劣等感感じるわけですよ。
何歳で何読もうが俺の勝手じゃい!と言えなかったあの頃。

「読書」の授業と称してクラス全員が同じ書籍読まされるってのもありましたね。
んなの国語の教科書でいいじゃん。同じの全員が読まなくったってさ。
あいつはもう全部読んだ、僕はまだ半分だ、とかなんかそういう個人の能力差が露呈しちゃうよね。
大事なとこは読む早さじゃなくて理解度なんだけど。
そういうつまんないことでその授業も嫌いだったなあ。

ま、そんなこんなで学生時代には読書に対する気力をすっかり無くしていたわけですよ。僕は。俺というやつは。
映画然り、読書然り、音楽然り、個人個人が好きなものを選択して楽しむことに意味があるエンタテインメントじゃないのかなあ。

ということにようやく気が付いた春の一日。
SO-1 * DESIGN/ILLUSTRATION * 02:08 * comments(0) * trackbacks(0)

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